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鳥取県米子市の老人福祉施設 なんぶ幸朋苑のスタッフやご利用者が参加するブログエッセーです。管理人やご利用者のエッセー、施設からのお知らせなど、このブログでなんぶ幸朋苑を身近に感じていただけたら幸いです。
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昨年末に、なんぶ幸朋苑が韓国の新聞に載ったお話をしましたが、今度はその事が日本の新聞に載りました。また、その日本の新聞記事を韓国束草市役所の依頼で韓国へ送ることになりました。ヾ(・∀・)っ

(2月21日山陰中央新報 ↑クリックで拡大)

普段は「国際交流」の話題でマスコミに登場することのない老人福祉施設が、同時に日韓で相次いで取り上げられるのは他にあったら教えて欲しいくらい極めて稀なことです。多分、今回のことは日本初かも知れませんよ。今回の立役者で束草市役所勤務のハム・ヨンゾさんは、私が5年前知り合ってから「ヒョンニム(兄さん)」と呼んで交流しており、これまでの色々な交流の中で大変御世話になった方です。そんなヒョンニムは帰国直前になんぶ幸朋苑を訪問して施設見学をされました。座って入れる自動入浴装置などを興味深く見られ、そのことも今回しっかり記事になっていましたね。

さて、今回驚いたのは「新聞を見たよ」とおよそ50人くらいからメール、電話、声かけを頂いた事です。見てもいちいち声かけしない人も多いのに、これくらい反響があるとは思いませんでした。中海テレビに映ってもせいぜい声がかかるのは4・5人なのに、さすが山陰一の発行部数ですね。日韓合わせた宣伝効果はいくらくらいだったでしょうか。ホームページのヒット数も短期間に上がっており管理者としてはホクホク顔です^^。

以前も国際交流関係で中国研修生&施設用に多くの家財を頂いたことがありました。近い将来フィリピンから看護師や介護士がやってくるご時世、施設にプラスになる国際交流ならもっと推進してもいいのではないでしょうか。

(T村)

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正月気分もすっかり終わった1月17日、阪神淡路大震災のメモリアルデイがやってきました。今年もまた思い出してブルーになってしまいそうです。

あの前日、加古川市で行われた法事に参加して、親戚、従兄弟達と飲んでました。翌日は月曜日で仕事だったので、自宅があった大阪市都島区まで車で5時頃出発して早朝帰るつもりだったのですが、なんだか熱っぽくて親戚に迷惑をかけないうちに無理してでも帰ろうと思い、深夜に帰って寝床に入ったのですが熟睡するやいなや、激震に見舞われました。

真っ暗な中、ガチャンガチャン!と皿が割れる音、どどんっ!と倒れるテレビ、ばさばさ落ちてくる本・・とっさにベッド上に立ち上がりしばらく何のことか理解できなかったのですが、「えらいこっちゃ!」と咄嗟に落ちたテレビを戻しNHKのビデオ録画を始めました。まだ放送開始前でカラーパターンにBGMが流れていましたが、中断し慌てた宮田アナウンサーが映ったのを鮮明に覚えてます。(というか、録画してのを後から何回か見たんですが^^;)

ライフラインだけでなく通勤手段も寸断されていましたが、その日は生命保険会社の人が来て、研修会をする予定だったので自家用車で勤務先に向かいました。郊外店舗だったお陰で、渋滞の逆向きにスムーズに会社に着きましたが、あちこちで煙が立ち昇ってサイレンがけたたましく鳴り響いていました。所々に傾いた家や電柱が見えます。職場はコピーやデスクが激しくずれ、少ない人員では9時の開店はできそうにありません。朝一番に訪問する予定だった先にも電話して「社長、今朝は行けそうにありません」と言ったら「今、横の家が燃えとんねん、こっちももう避難せなあかんから来んでええわ!」と言われました。もう、どこもかしこもパニックです。生命保険会社の人はテレビで燃える神戸の町を見て「これ、うちの近所ですわ!まだ家に嫁と娘いてまんねん。わし帰りますわっ!」と、走って行きました。その頃には熱っぽいのもすっかり忘れていました。テレビに映る崩れた阪神高速道路は私もついさっき通ったばかりです。通過時に見上げた名神高速分岐の看板のところも崩れてバスが落ちかかっています。もし親戚の家に泊まっていたら、確実に道路上で被災していたことでしょう。

何とか仕事を終え、フラフラと近所の総合病院へ行ったら待合ロビーで200人以上の人がテレビに見入っていました。亡くなった方の表示数が960から一気に1005に上がった瞬間、ロビーに「ええええええ~~~っ!!」と叫び声のような、悲鳴のような声が響きました。みんな呆然と言うか、すごい表情です。中には嗚咽も聞こえ、悲惨な状況でした。診察結果は「42度ですね。インフルエンザです。」と、言われましたが、翌日も休めそうにありませんでした。比較的被害が少なかった大阪も神戸とテレビが一緒なので楽しそうなテレビのCMは一切消え、連日死者行方不明者の表示が流れて、関西全体が永い間鎮魂の雰囲気にありました。今でも、そのときの様子が走馬灯のように浮かび、映像で見ただけでも涙が浮かんできます。

米子に帰ってからも、鳥取県西部地震を経験しましたが、自然の前に人間は無力であるとつくづく感じたのでした。私はあの経験から色々なボランティア活動を始めましたが、早いものでもう10年近くになります。最近では、ボランティア関係の仲間も増え、先日紹介した「ひまわり倶楽部」さんのようなNPO団体とも協働させていただいています。震災の日を迎え、あらためて何でも他人事と思わない心が大切なのだと思うT村なのでした。

(T村)

 

「初春を迎へて」

 

 明けましてお目出度うございます

 元旦は晴天に恵まれ白雪をいただいた大山の神々しいばかりの雄姿を仰ぎ、苑内でもあちこちで新年の挨拶が交わされ幸先よいスタートを切りました。いつも思う事は除夜の鐘と共に午前零時を期してお目出度うの挨拶が交わされる。私は照れ臭くて今持ってぐずぐずしています。

 こちらでは七年目のお正月を迎へました。お正月と言えばおせち料理。幼き頃、晴着を着て名刺配りをした思い出が走馬灯の様に浮かんできます。過ぎ去った昔のことはさておいて今年も平穏な日々が送られます様、祈られずにはいられません。

 

水仙の 香り漂い 春を告ぐ

 

(特養Sさん:女性)

新年あけましておめでとうございます。今年も「なんぶ幸朋苑ふれあいエッセー」をよろしくお願いいたします。

さて、新年早々皆さんに一つお知らせが・・・。昨年末になんぶ幸朋苑のホームページが韓国の新聞記事になりました!ヾ(・∀・)っ 取材を受けた仲のいい束草市職員から依頼されてホームページを紹介したり施設パンフレットを韓国へ送ったりしていましたので新聞への掲載は知っていましたが、記事の切抜きを送ってもらうのが遅くなっていました。昨年末に国際郵便で送っていただいたのでさっそく皆さんにご紹介します。

(ソラク新聞記事 ↑クリックで拡大します)

記事の題名は「日本国米子市の介護老人福祉施設を通じて見る束草福祉施設の未来」で、日本の介護保険制度の説明を柱に、米子市南部地域における総合福祉施設「なんぶ幸朋苑」が、どのようなサービスを展開しているのかをわかりやすく紹介しています。記事によると、米子市と姉妹交流をしている束草市は高齢化率10%を越えて高齢化が進んでいることから、「シルバータウン」といわれる老人福祉施設へのニーズが高まってはいるものの、貧富の格差がある韓国社会では「裕福でない人はサービスが受けにくい」問題があり、今後は日本のように自立支援を推進したり、要介護度に合わせて一割負担でサービスが受けられる介護保険制度や「なんぶ幸朋苑」のように様々なニーズに対応する施設が必要ではないか、といった内容です。タブロイド判のほぼ1ページを使い、2回シリーズで紹介されました。

こうほうえんは法人としてこれまで中国やアメリカの病院、施設と交流がありますが、将来的にはFTA(自由貿易協定)で近い将来看護師・介護士を大量に受け入れるフィリピンや、韓国など高齢化社会を迎えている国との国際的な情報・意見交換、交流が発生する余地は充分考えられます。今回の記事をきっかけに、国家間の地域的なつながりが強化され、なんぶ幸朋苑と外国との交流ができればいいなと新年に壮大なことを思うT村なのでした。

(T村)

 

 昨日、予防通所リハビリルームにて毎年恒例となった餅つき大会が開催されました。各施設のご利用者が集まる中、蒸したてのもち米がうすに入れられいよいよ餅つきの始まりです。

(ご利用者にも餅つきをしていただきました。↑クリックで拡大)

「よいしょ!よいしょ!」と威勢のいい掛け声と共に、次々とつきあがる餅。中には立ち上がって踊っていただく方もいて皆さんとても楽しそうでした。横のテーブルではご利用者と職員が一緒に餅の切り出し作業を行いました。大きいのや小さいの、人によって形も大きさも微妙に違いますが、そこが市販の餅と違うところで人の手の温かみを感じることが出来ます。餅つきの後、会場ではさっそく「おしるこ」が振舞われ、参加されたご利用者は「やっぱりつきたてはおいしいなあ」とおいしく楽しいひと時を過ごされました。残ったお餅はお正月にも出されるそうで、当日実参加できなかった大勢の方がいまから楽しみにしていらっしゃいます。

一方、玄関では、こちらも恒例となった「なんぶ幸朋苑家族会」の皆様による門松作りが行われ、竹の切り出しから飾りつけまでプロ並みの手さばきで一対の立派な門松が完成し、玄関横に飾られました。家族会の皆様、ありがとうございました。また寒い中の作業、本当にご苦労様でした。

特養藤チームでは正月用活け花もいけられ、なんぶ幸朋苑の迎春準備は整ったようです。いろいろなことがあったこの一年、なんぶ幸朋苑をご愛顧いただき誠にありがとうございました。来たる年も、皆さまにとってよい年でありますように・・・。

p.s. 餅つき大会の最中、「ただごめも入れたけんな(ただごめも入れたからね)」という言葉が耳に入りました。「ん?」と思っていたらさっそく特養のMさんが私に「ただごめってなんて意味ですかねえ?」と聞いてきました。そこからの会話・・T村「ただ(無料)の米じゃないの?」  Mさん「そうですよねえ~」 T村「それしか考えられへんもん」 Mさん「要はご利用者の家からもらった米ってことっすかね」 T村「そそ!家で作った米を施設に寄贈してもらったんだわ」  二人「そうだそうだ!なんだやっぱそういうことかあ~(納得)」・・・・そこに端で聞いていた栄養士さんが「ったく・・・ただごめっていうのは普通の米(うるち米)のことで、もち米に混ぜてつくと粘り気が落ちて噛み切りやすくなるので、お年寄りが食べやすいように混ぜてるのよ!!」と言われてしまいました。

( ̄▽ ̄;)・・・

年越し前に一つ賢くなってよかったです。

(T村)

 

先日、昼食が終わって廊下を歩いているとふと見た中庭になにやら動くものを発見しました。よくよく見ると「イタチ」です。通り過ぎる人達は気付いていないのか見向きもしません。そこで「あそこ、イタチがおるよ」と他のスタッフに言ったところ「あー!イタチだイタチだ!」と、大騒ぎが始まりました。イタチといえば小学校の頃、鶏小屋やうさぎ小屋が何者かに襲われ、先生が「あーこりゃイタチの仕業だな」と言っていたのを思い出します。今まで実際にまじまじと見たことがなかったのでよく見ると結構かわいい動物です。

穴を掘ってうさぎ小屋に侵入するのはわかりますが、さすがに幸朋苑の地下を掘って来たとは思えません。どうやら外の非常階段から上がって来て陸屋根を走り回って中庭に転落したようです。そんなことは気にもせずガラス越しに増えるギャラリーを尻目に木によじ登ったり、排水溝の格子蓋に頭を突っ込んでもがいたり、排水管から転落したりと見ているほうも目が離せません。おかげでご利用者や職員がしばらくの間「動物園」状態を楽しむ事ができました。

(↑クリックで拡大

一度はこのまま「動物園」を続けていいかなとも思いましたが、衛生面で心配なのと、苑の屋根裏に住みつかれても困るので、何度かよじ登っていた排水管の天辺から手が届くように風呂用のバスタオルを垂らしてやり、その後はイタチをそっとしてやることにしました。翌朝、気になって中庭を見ると無事に脱出できたのか、もうイタチの姿を見ることはありませんでした。

ほんのひと時の「動物園」でしたが、それを見たご利用者も職員もみんな喜んでいたようでした。これこそ「アニマルセラピー」(動物が持つ癒し効果で精神的に活性化させること)ではないでしょうか。他の施設では動物を飼って、お年寄りに触れていただく「アニマルセラピー」は以前から行われていましたが、なんぶ幸朋苑でもそろそろ動物でも飼ってみたらいいのになと思ったT村なのでした。

(T村)

なんぶ幸朋苑には、強力な助っ人の皆さんがたくさんいらっしゃいます。先日の文化祭でも演奏・踊りなど大勢のボランティアの皆さんの参加がありましたが、苑内各所での出し物でもスタッフに混じって多くのボランティアの方が一緒にお祭りを盛り上げていただきました。本当にありがとうございました。

文化祭の当日、苑内を歩いていたら目の前に私の知り合いが歩いていたので驚いて「こんなところで何してるの?ご家族が入所中?」っと声をかけました。すると彼が勤務していて個人的にも親しくさせていただいているアシアナ航空山陰支店の支店長さん以下、スタッフ6人でボランティアに来ましたとのこと。しかも支店長自らおしるこ屋さんになっていると聞いて更に驚き、早速お礼に伺いました。いつもはスーツをビシッと決めている支店長さんもこの日はラフなランニングウェア姿で「いらっしゃいませ!おしるこはいかがですか!」と明るく威勢のいい掛け声でおしるこを振舞っておられ、普段の姿とのギャップが大きすぎて思わず感動してしまいました。他にも多くの学生さん、ご利用者のご家族、地元の方々が共にサービスを提供する側に立っていただき、ご利用者だけでなくスタッフも支えていただきました。重ねて御礼申し上げます。

イベントの時に大勢のボランティアの皆さんに支えていただいているのは本当に嬉しく思います。また、イベント時だけではなく、日ごろから来ていただいているボランティアの方も何人かいらっしゃいます。食事介助、園芸、歌の指導、習字、話し相手など手伝っていただいていることは多岐に亘ります。

以前、なんぶ幸朋苑のパート職員だった佐藤さんは毎週木曜日になるとご利用者と活け花をされたり、お話し相手をしていただくなどボランティアスタッフとして来苑していただいています。今日は来苑される日だったので、次回、年末の正月用活け花をされるとき、なんぶ幸朋苑ホームページ「デジカメ探検隊」の取材をさせていただくようお願いをしに行きました。色々説明をした後に快くOKの返事をいただきましたが、話はそれだけでは終わりませんでした。佐藤さんとは数年前まで、毎週火曜日、私と二人で売店に立っていた仲なので、気兼ねもなく、ご利用者と一緒にお茶をいただきながら方言の話や、歌の話に花が咲き、手拍子で民謡も一緒に歌うなど楽しいひと時を過ごしました。

楽しい話に花が咲きました^^(↑クリックで拡大)

仕事中のわずかな時間に元気を頂いた佐藤さんに感謝しつつその場を後にしましたが、自分だったらなんぶ幸朋苑に来ていただく皆さんのようなボランティア活動が出来るだろうかと自分を振り返る良い機会になりました。与えられて感謝するだけではこうほうえんの目指す「互恵互助」にはなりませんので、自分なら何が出来るか考えて何か人の役に立てることをしていきたいと思ったT村だったのでした。

p.s. 12月26日(火)になんぶ幸朋苑家族会と地元ボランティアの皆さまのご協力で年末恒例の大門松づくりと餅つき大会が開催されます。ボランティア参加いただく皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

(T村)

いよいよ12月です。いろいろあった激動の2006年もいよいよあと4週間を残すのみとなりました。そろそろ年賀状の準備をはじめましょうかね・・。さて、毎年12月はオーケストラの「かき入れどき」とも言われ、年末になると日本のあちこちで「第九」コンサートが行われます。ここ鳥取県でも先日、県民による第九コンサートがあったばかりです。ただどこの地域も思ったより公演の歴史が浅く、近年ブームのように広まって行ったようですね。特に今年は「バルトの楽園」「敬愛なるベートーヴェン」など、「第九」を扱った映画も公開され、物語の題材としても注目されているようです。

ところでなんで日本の年末に「第九」なのでしょうか。他の国ではここまで演奏されていないようですし、数人の外国人に聞いてみても年末=第九という図式は日本だけのようです。それに作曲家はベートーベンだけではありませんし、他にも合唱の曲は数多くあります。さらにドイツ語歌詞の内容もキリスト教をベースとしていることから、クリスチャン人口が1%にも満たないこの日本でここまで「第九」が流行るのは不思議で仕方ありません。

そんな謎を解くために(?)今年も「一万人の第九」コンサートに参加してまいりました。

(クリックで拡大↑)

前号でも書きましたが、秋から冬の3ヶ月で6回のレッスンがあり、そのうち4回以上参加しないと出演出来ないことから、もうやめようと思ってはいるのですが、あの達成感、充実感、爽快感は一度味わったらなかなかやめられません。それと、今年は優香、元ちとせなどの有名人と同じ出演者としてご一緒しましたが、番組制作の裏側が見れたり、お隣同士仲良くなったりと非日常的な体験ができることから、「また来年」となってしまうのでしょう。また歌詞に「忘年(ボーネン)」「が安全ベルト(ガンゼンベルト)」など、歳末交通安全運動を匂わすキーワードが入っており、日本の風習にもマッチしているものと考えられます^^; とにかく、「第九」ファンは確実に増えているみたいですね。詳しい歌詞はこちらでご覧ください: http://www.kanzaki.com/music/lvb-sym9f.html

そんな今年の「一万人の第九」にはおよそ20人くらいの90歳以上の方々がいらっしゃいました。最高齢は95歳だそうで、司会者の呼びかけに起立して手を振るお年寄りの皆さんは圧巻でした。今年もなんぶ幸朋苑のご利用者に「米子がいな祭り」や「24時間リレーマラソン」に参加していただきましたが、来年もこのように様々な機会に外に出ていただけるようにお元気でお過ごしいただきたいと思います。

(T村)

 

 

先日の文化祭では様々な団体の皆さんがすばらしい演技・演奏をしていただきました。お忙しい中、本当にありがとうございました。そんな団体の一つ「NPO法人ひまわり倶楽部」は、障害を持った人たちの社会参加を目指したグループです。事務局長の坂田さんとは3年前から「ボランティアフェスタ実行委員会」でご一緒しており、最近では「皆生音楽祭」でもお手伝いさせていただいている気安い仲なので、今回出演をお願いいたしました。急なお願いでしたが特養のスタッフKさんもこのグループに関わっていることもあり、快く出演依頼を受けていただきました。

そんなひまわり倶楽部さんが、定期的に開催しているイベントに「笑劇場」というものがあります。「障害者と音楽で郊外型地域交流のまちおこし」 を目指したもので鳥取県社会福祉協議会のボランティア普及助成事業でもあるそうです。以前から坂田さんにお誘いいただいていたのと、今回の文化祭のお礼も兼ねて昨日(11/28)、参加してきました。

ピザレストランを貸しきった会場には、今回来苑してくれたメンバーをはじめ、坂田さん、曽根代表、家原Dr、今井書店の永井さんなど知った顔も多く、和気藹々と歌におしゃべりといったなんともいえない心地よい時間を過ごすことが出来ました。

(クリックで拡大↑)

特にすばらしかったのは、曽根代表や障害者の女性が書いた詩に坂田さんが曲をつけたひまわりさんのオリジナルの曲の数々で手話を交えての大合唱に、障害を持っても夢や希望を忘れない姿勢や、それを支えるスタッフがうまく交わっているなあと感心させられ、私たちなんぶ幸朋苑でも必要なことだと痛感しました。与える介護から夢や希望を引き出す介護へ・・、これは私たちスタッフへの宿題のような気がしました。

あっという間の2時間でしたが感動や発見の多い、有意義な時間でした。次回、「笑劇場」には是非、他のなんぶスタッフにも参加していただきたいと思います。

今回、歌のパワーに圧倒された私も、12月3日には大阪の「一万人の第九」に出演してまいります^^。(参考: http://www.mbs.jp/daiku/2006/ )

今年で21回目の出演になります。パチパチパチ・・大阪から米子に帰って早8年、10・11月の2ヶ月で計4回以上のレッスンに参加し続けるのは楽ではなく、いつ辞めようかと悩み続けましたが、困難を乗り越えて歌い続けるひまわり倶楽部さんを見て、もう少し続けてみようかなと思うT村なのでした。ちなみに12月3日~9日は障害者週間です。

(T村)

(追記)本日、近隣の老人保健施設アイアイさんよりなんぶ幸朋苑ホームページに対し、心温まるお褒めのメールを頂戴いたしました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました☆ m(_ _)m

なんぶ幸朋苑には第二次大戦の末期に広島で被爆されたご利用者がいらっしゃいます。今ではとてもお元気になられたTさんは、広島の中心部にあった名門の「山中高等女學校」(今の広島大学の前身)を卒業されていますが、その美しい思い出の校舎は原爆で全焼し全校生徒の9割にあたる387名もの在校生が亡くなった大惨事の現場となってしまいました。今では広島市中区千田町の校舎跡地に祈念碑が建っているそうです。

Tさんが話をされる被爆前の広島はいきいきとした活気のある町で、原爆投下で一変した町の様子などを聞くと戦争の悲惨さがひしひしと伝わってきます。あの状況を経験し、戦後様々な苦労をされて今ここで余生を過ごしていらっしゃるTさんにはいつも笑顔が絶えません。またその反面、筋の通らないことにははっきりとNo!とおっしゃるTさんから学ぶことも多く、人生の経験の重みや明るいバイタリティに頭が下がる思いがします。(バイタリティ=活力・生命力)

そんなTさんが私に本を貸してくれました。認知症にならないための様々なことが書いてあるもので、「T村さんも気をつけないけんよ」とのこと。『立場が逆やん!』と思いつつ高齢のおばあさんから言われると説得力があるというか、素直に「はい、ありがとうございます」とお借りしたのでした。

そんなTさんにお礼の気持ちで、ほとんど資料が消失してしまった「山中高等女學校」の在りし日の姿を見てもらおうとインターネットで写真を探してみました。祈念碑の写真は多数あったのですが、校舎の写真はなかなか見つからず苦労しましたが、ようやく一枚だけ校舎玄関が写った白黒写真を発見しました。他にも校章や名札などの写真もあったので、さっそく印刷して見て頂きました。すると、「ああっ、これ学校だがな!」と大喜びの様子。あまりに喜んでいただいたので、彩色加工をして文化祭で展示することにしました。様々なペイントソフトで失敗しながらようやく完成し、展示してTさんに見ていただきました。

(「山中高等女学校 入学式の朝」 ↑クリックで拡大)

Tさんは白黒写真から生まれ変わった彩色画に「ありがとう!上手にしなったなあ!」と大喜びで握手をしていただき、またしても事務員冥利につきる思いでした。

これからもTさんだけではなく、多くの方に喜んでいただけるように、介護スタッフに負けない気持ちでご利用者と接していきたいと思います。

(T村)

最近では、コンピュータの技術や処理能力が進歩して、今では見ることが出来ない昔の風景を映画やテレビで楽しむ事が増えてきました。NHKの朝の連続テレビ小説「芋たこなんきん」では、昭和40年ごろの大阪の景色が再現されています。(参考:http://www3.nhk.or.jp/asadora/topics/cg/index.html ) また映画「ALWAYS 3丁目の夕陽」でも、昔の上野駅や路面電車など見事な合成映像を見ることができました。

このような映像は全てCG(シージー:コンピューターグラフィック)といって、コンピュータに取り込んだ映像に処理を施し、仮想世界を作り出す技術によって作り出されています。映画「101」(ワンオーワン)でも、たった1匹のダルメシアン(犬)の映像を様々な角度から取り込んで、犬の大群を作り出しました。映画「パールハーバー」では、真珠湾に襲いかかる日本軍や被弾する軍艦が再現されました。壮大な空想世界は卓上のパソコンできているのです。音もシンセサイザーで、なんでも作り出すことが出来ます。

しかし技術の進歩は嬉しいですが、このような技術が当たり前になればなるほど、逆に昔ながらの技術力に驚かされ、今風の映像が安っぽく感じるのは私だけでしょうか。シンセサイザーで作る波の音はきれいですが、籐籠に小豆を入れて作り出す波の音も心がこもっているようでいいと思いませんか?真珠湾攻撃を扱った36年も前の映画「トラ・トラ・トラ!」では、今のようなコンピューターによる合成技術ではなく、実写で見事な映像を作り上げました。

(参考: http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005HYOO )

オープニングに登場する戦艦「長門」や連合艦隊のシーンは圧巻で、CGで作った「男たちの大和」や「パールハーバー」を技術力で大きく引き離しています。日本のお家芸のアニメーションでも、今ではペイントデータを動かしていますが、少し前までは一枚一枚のセル画を手作業で塗っていましたね。

話がそれましたが、「CGは安っぽくて・・・」と感じる私も身近な仮想世界をご利用者に楽しんでいただく為には大いに使っていきたいと思っています。先日も、このコーナーで触れた「法勝寺電車」を現代に蘇らせてみました^^

宗像神社前にさしかかる法勝寺電車(クリックで拡大)

「あら、懐かしい!」「昔はここに家があったけどなあ」など反応は色々です。やはり音楽療法と同じく、お年寄りに昔を回顧していただくことは大切なんだと思いました。

(T村)

今朝、シャワーを浴びながら何気に浴槽を見ると、残り湯の表面に浮いてる細いものを発見しました。はじめは髪の毛かと思いましたがよく見ると「ががんぼ」です。ドジというかなんというか・・『よりによってなんで風呂に入ってしまったんだろう、かわいそうに』とシャワーを続けましたが、再度見るとかすかに動いてるように見えます。

「あれ?」と思い、近づいて見ると半分沈みかけた状態で確かに足が動いています。「こ、これは救出しなきゃ!(;゚Д゚)っ」と、慌てて小指で救い、小さい体についている水を吹き飛ばしました。服を着てががんぼを風にさらしながら、水で引っ付いていた足や羽をつまよう枝を使って慎重に伸ばし「ふーふー」息を吹きかけ乾かしていくと、足が動き出しました。

「がんばれがんばれ」と思いながら、曲がった羽も伸ばし、ついにはつまよう枝につかまりぶら下がるまでに回復しました。(写真↓)

やがて、歩けるようになり庭に放してやりましたが、今はどうなってるのでしょうか。偶然とはいえ、「見て見ぬふり」をせず確実になくなっていたはずの命を救えたことで、なんだかホッとしたのでした。あーよかった・・

(T村)

人間は年をとると色々な症状がでてくるようになります。「しわが増えた」「白髪が増えた」だけでなく「最近、物をよう忘れる」「細かい文字がみえんようになった」など、施設職員も人ごとではなく等しく老化現象は起こります。昔と比べ平均寿命が延びた現代といえど、やはり老化現象は年相応に発生していきます。

そんな昨今「アンチエイジング」(「抗老化」「抗加齢」)という言葉が脚光を浴びています。最近ではテレビやラジオ・新聞・雑誌などで老化現象に対抗する様々な方法や商品が紹介されているようです。「しわ」・「しみ」といった代表的な老化現象でも、しわの中に入り込んで、しわの表側に平らな皮膚を形成する人口皮膚クリームや、しみ自体を消してしまうレーザー照射器など、ファンデーションなどで「隠す」ものではなくなっています。すごいですね。化粧品でも加齢に対抗すると謳った商品がよく売れるそうです。

確かに年はとりたくないですね。でも、加齢でしわやしみができても度を越えて対策をとるのはいかがなもんでしょう。というか、その人らしさを失うくらいのアンチエイジングにはやはり違和感を覚えてしまいます。その人にとってのコンプレックスは周りから見て意外となんてことなかったりするもんです。

かつて黒人という人種に「アンチ」したマイケル・ジャクソンは、多額の手術費を払ってあこがれの「白人」になりました。しかし肌が白く、鼻が高くなったマイケルは「スリラー」「Beat it」で人気を博した時の顔ではなく、イメージの違いから新たなヒット作にも恵まれなくなり、事実上引退することになりました。人気衰退の途中でB級映画に出演したりと話題を集めましたが、既に時の人ではなくなって変な裁判まで起される始末です。

お隣、韓国の大統領も支持率が下がったため二重まぶたになって人気回復を図りましたが、とたんに人気がさらに落ち始め(対北政策の失敗・ほかの失政もありましたが)、ついには日本に強行姿勢をとることで人気の回復を図ろうとするまでになってしまいました。要するに過度なアンチの結果「その人らしくなくなった」ということです。

以前、赤瀬川原平の「老人力」という本を読みました。「老人力」とは加齢による衰えを肯定的に捕らえる言葉で、慣用句として「最近あなた耳が遠くなったね」「ほう、ワシにも老人力がついてきたようだ」というように使うそうです。1998年流行語大賞も受賞したこの言葉は、「老い」を逃げるのではなく真っ直ぐに見つめ、納得し、受け入れることから始まるのだと思いました。以前、日野原重明先生が講演会で「なんと、人間の死亡率は100%なんですよ!」といって会場を沸かせておられましたが、残った人生を見つめることで、はじめて前向きに生きることができるとの言葉に「しわ・しみ」なんて小っさいことだと思いました。なんぶ幸朋苑のご利用者はアンチエイジングなんてどこ吹く風、みなさんが自分らしく過ごしておられます。

先日、ケアハウスでご利用者が顔パック&エステをしていただいている写真を見ましたが、皆さんはみな楽しそうで、久しぶりのお化粧に大満足の様子です。しわやしみを消す最新技術がなくても、パックで水分たっぷりの笑顔が一番輝いているなあと思ったのでした。

(T村)

このブログエッセーは皆様のおかげで急速にカウントを伸ばしております。まもなく400カウントに迫る勢いです。元はといえば、なんぶ幸朋苑ホームページの「みんなの広場」コーナーからのリンク先の一つだったのですが、今では訪問者数で元リンクを大きく上回り、リピーターの数も数十人になっています。

確かに更新しないホームページにリピーターはいませんし、すぐに飽きられます。ブログとホームページだとどうしてもブログのほうが更新しやすいために、どんどん書き込みされるブログのカウントが上がるのもうなずけます。しかし、このままでは、「ふれあいエッセー」の一人勝ちになってしまうので本家ホームページも魅力あるページにしていきたいと思います。

そこで、本日「みんなの広場」コーナーを更新して、「なんぶデジカメ探検隊!」「なんぶ美術館」「リンク」を新たに開設しました。ページ作りのためにさっそく能面作りをされているご利用者に取材をしましたが、「こんなこと今までなかった。自分の作品をもっと多くの人に見ていただけてとても嬉しい」と、とても喜んでおられました。前回、エッセーを投稿していただいたSさんと同様に、施設に住んでおられるとどうしても外とのつながりが希薄になるため、インターネット上で外の社会と関わりが出来ることに喜びを感じておられるようです。

なんぶ幸朋苑は地域に開かれた施設を目指していますので、ホームページも賢そうな敷居の高いページではなく、もっとご利用者やスタッフの「体温」が感じられるような地域に親しまれるページにしていきたいと思います。

(T村)

(↑原本です。クリックで拡大します)

「つれづれなるままに・・・ 近況を記す」  

 

山陰には珍らしく秋晴れが續き、部屋にも日射しがさし込んでむしろ暑く感じる今日この頃です。

こちらへ入所して早や六年の才月が流れました。

老後の生活設計をしていなかった私には、ただただ戸惑うばかりでした。

そして私の人生こんな筈ではなかったと悔いの涙を流す事が幾度でした。でも、こちらの職員皆様のお蔭で車椅子の生活ですが今では平穏な日々を過ごさせて貰って居ります。

社交性のない世間知らずの私にとって二十代、三十代から九十代の方々と知り合う事が出来、又色々な事を教へて頂いて私の人生にとって大きな宝です。有難うございました。

これからは伯耆富士と云われる大山の紅葉、白雪をいただいた大山を眺めながら平凡な生活でもよい、過ごさせて頂けたらと願う日々です。

  

  七十路の 険しき坂を上りゆく

        倖せあれと 願う日々なり

今日はこれでペンを置きます。

  介護老人福祉施設なんぶ幸朋苑 Sさん(70代:女性)

本日、特養の女性スタッフが私のところへ来て一通の封筒を渡してくれました。「何これ?」と聞くと、以前チャットデビューしていただいた特養の女性入居者Sさんがなんぶホームページのブログ用にエッセーを投稿していただいたとのこと。数日前から投稿をお勧めしていたのですが、本当にいただけるとは思いませんでした。

さっそくお礼に伺いましたが「なんぶふれあいステーション」を通じて広島の女性とボイスチャットをしていただいたことをきっかけに、これからは施設の外にも目を向けて、ご自身の徒然(つれづれ)なる思いをインターネットで伝えたいとのお気持ちでした。私もご本人のご意志を尊重して、いただいた手書きの文章を手を加えずにそのまま入力してブログにてご覧いただくことをお約束しました。それと同時に、「今後は他の入所者にも是非参加していただき、投稿が増えたらいいですね」とのことで、私もご希望があればお応えしていきたいと申し上げました。

はじめは恥ずかしがっておられたSさんがインターネットをきっかけにして、ここまで「ヤル気」を出していただいたのがとても嬉しく、本当に事務員冥利に尽きると思いました。

・・・というわけで、次回からこのコーナーをなんぶスタッフだけではなく、ご利用者にも開放していきたいと思います。ブログといっても実際にはコメント、トラックバックを制限しておりますので、これからはブログではなく「☆なんぶ幸朋苑ふれあいエッセー☆」として衣替えしたいと思います。最終的にはご家族にもご参加いただき、大きなふれあいの輪ができたらいいですね。

(参考):エッセー 【(英) essay; (フランス) essai】
形式にとらわれず,個人的観点から物事を論じた散文。また,意の趣くままに感想・見聞などをまとめた文章。随筆。エッセイ。 ある特定の問題について論じた文。小論。論説。

それでは、次回はSさんのエッセーです。お楽しみに・・・。

(T村)

先日、1万8千円で「車載型ワンセグチューナー」を手に入れました。本来はポータブルDVDプレーヤーのオプションとして売られていたものを少しの改造で一般的なナビゲーションに接続できるというもので、地上デジタルチューナーがまだまだ高いこの過渡期としてはうれしいお買い物、さっそく取り付けてみました。

テレビでは盛んに「高画質・高音質」「アナログ放送のような画面のざらつきがない」など、ワンセグのすばらしさをアピールしていたので、その高画質に期待していよいよスイッチを入れるときがやってきました。プチっ!・・・・・ん?( ̄▽ ̄;)?・・・予想していた画質とは程遠いブロックノイズに画面フリーズ、ノイズがない代わりになんだかピンボケのような画面・・・。「おいおいおい!」と罪のないナビテレビにつっこみ、「もしや故障かも?」と、説明書をまじまじと読んで見ました。すると、新事実が・・・

「ワンセグは本来、携帯電話の画面で見る画質なので、画面の大きいナビゲーションでは画質が荒くなります」とのこと。(○д○;)・・・よくよく調べると、車載テレビできれいに見える12セグ放送が見えるのは、都心部のみで郊外は絶対ムリとのこと。安い買い物だったので機械の性能も疑ってカーショップで他のワンセグ画面を見ましたがほとんど同じです。走行中に高画質をみる為には、6万円の機械を購入しないとムリということで、夢の高画質はワンセグチューナーではかなえられないことがわかりました。なんとも傳に落ちない気持ちでアナログチューナー画面をみたら、ざらつきはあるもののピンボケもなくきれいに映っています。2011年にこれがなくなると思うと、時代の変化とはいえ変な気分です。なんでも先進的なものがよいとは限らないことがよくわかりました。ま、1万8千だしなあ・・・と、無理やり納得をするしかないのでありました。

(T村)

先日、スタッフの隠れた才能についてお話しましたが、今日仕事をしていると、その中で紹介した「四季折々の花が咲くすばらしい庭園を手入れする人」がやって来ました。お仕事の話の後に、手入れをしている庭園に遊歩道を作る計画であるとお話を聞き、さっそく現場を訪ねてみました。(↑写真をクリック)

久しぶりに見ましたが遊歩道の計画路線上では植え込みがずらされ、整備がすすんでいました。全路線の途中までは既に除草シートがひかれて、見渡すとまるで高速道路の建設現場のようです。近い将来には「四季折々の花が咲くすばらしい庭園」を散策することができそうです。

かわいい植物をたくさん見て施設内に戻ってよく見ると、なんぶ幸朋苑には緑が多いことに気付きました。もちろん田んぼに囲まれたなんぶ幸朋苑はそれだけでも緑の真ん中にあるのですが、業者に手入れを依頼する観葉植物だけでなく、スタッフやご利用者が手がけた植物を施設内のあちこちで見ることができます。昨日も特養「月の間」でご利用者がボランティアの皆さんと花を活(い)けておられましたが、よく見るとさっそくその作品が随所に飾られていました。どれもすばらしい出来で、思わず写真を撮ってしまいました。

普段の生活では何気に通り過ぎていた廊下や庭でも視点を変えてよく見ると、手がけた人の心が表れるような植物や作品にはっとさせられることがあります。また、そのことをお伝えするととても喜ばれます。介護スタッフだけではなく、我々事務職員にもご利用者に対する何気ない「気付き」の心が大切なのだと実感したのでした。

(T村)

今日、米子市立五千石小学校3年生の子供たち(男の子4人、女の子3人)が担任の先生に引率されてなんぶ幸朋苑に「車イス体験」をしにやってきました。先生によると「総合学習」の一環で近く障害者作業所に訪問する予定があるそうで、作業所には車イスの方が多いので、まず操作方法を学ぶためにやってきました」とのこと。

たしかに、車イスの操作は意外と難しく、また大人が乗っても子供の力で動かせることから、事前に操作を学ぶということは大切なことです。理学療法士からは、同じように見える車イスでも様々な種類や特徴があり、ご利用者の状態に合わせて使い分けていることや、急に止まると乗っている人が前に飛び出てしまうことなど実際の操作の注意点などの説明があり、みんな真剣に聞いていました。そしていよいよ、外に出て実際に操作してもらいました。

玄関のわずかなスロープでも勝手に動き出したり、車輪を反対に動かすことでその場で回転したりと意外な動き方をする車椅子に大喜びの様子でした。作業所での交流が終わった後でも、今日のことを思い出して、街で自走が困難そうな車イスを見つけたらすすんで介助をしてくれたらいいなと思いました。今回は入所者との交流はありませんでしたが、次回は是非交流に来てくださいね

(T村)

今日、施設内を歩いているとピアノの音色が聞こえてきました。近づいて見るとお年寄りと一緒に男性スタッフがピアノを弾いているではありませんか。「○○さん、やるね~!」と声をかけると「ええ、まあ」と照れくさそうです。その後、もう一度そこを訪れると今度は同じチームの女性スタッフがピアノを弾きお年寄りと一緒に歌を歌っていました。通所サービスでも女性スタッフがご利用者と一緒にピアノを弾いたり、トランペットを吹いたりと身近なスタッフが色々な才能を見せてくれます。

私たち老人福祉施設に勤務するスタッフは、まず第一にご利用者本位の介護・看護を行うことが大切な仕事ですが、仕事上のスキルだけではなく、介護とは直接関係のない技術や才能を発揮することで、より幅の広いサービスを提供できているのだと思います。なんぶ幸朋苑でも四季折々の花が咲くすばらしい庭園を手入れする人、大柄な体からは想像もつかないくらい器用な紙細工でプロ並みのディスプレイをする人、達筆な筆さばきでイベントの案内を書く人、透き通った声でゴスペルを熱唱する人など仕事の中で自分の持つ感性や才能を発揮している人がたくさんいます。

他の施設にもプロ並みの写真家や音楽家、外国語が堪能な人など、隠れた才能を備えながら仕事をしている人が多いようです。同じようにご利用者の中にもたくさんの隠れた才能があるはずです。スタッフもご利用者も自ら手を上げて披露される方はほとんどいないので、何かのチャンスでこれらに光をあてて、皆さんの前で披露していただき以前培った技能や才能を再度認めてあげることで新たな「生きがい」を提供できるものと思います。ご利用者に老後を有意義に過ごしいただくためには、このように隠れた才能の掘り起こしをしてあげることも大切なのではないでしょうか。

そういえば、3年前ドキュメント番組で、昔英語教師をされていたおばあさんが、スタッフのアイデアで施設内で他の入所者や職員に英語を教えるようにしたところ認知症状が消えたと放送していました。今までの昼夜逆転や徘徊もなくなり、日中、次回の教材作りに忙しいおばあさんの顔はとてもうれしそうでした。このように職員同志、ご利用者同士でいろんなことを教えあう施設ってすばらしいですね。ボランティアや業務でご利用者にサービスを与えるだけではなく、教えていただくことも大切なことだと思いました。

(T村)

ブログやホームページの管理者として一番気になるのが「どのくらいの人に見てもらえたのか」ということです。そこでアクセスカウンターやアクセス解析ソフトなどを使って実際の訪問数を確認しています。このブログにも手裏剣マークのカウンターがあって、もう200件くらいのカウントがあります。

最近では色々な設定が出来るようになっていて管理者のアクセスや頻回なアクセス(ページ更新など)は、カウントしないようにしています。またユニークアクセスカウントといって同じ場所からのアクセスは1としてカウントする機能もあるので、どれくらいのリピーター数かわかるようになっています。なんぶ幸朋苑のホームページでは今日現在、総アクセス数221件のうち、ユニークアクセス数が143件なので、最大35%もの人が再度アクセスしていただいたことになります。でも実際には何回も見ていただく方も多くいるようですので、リピーター率は低くなります。

いずれにしても、開設20日にして200カウントを越えた事は一日平均10人もの方が訪問していただいていることになるので管理者としてはうれしい限りです。更新をしなかったり、内容がありきたりだと二度と見てもらえませんから、これからもリピーターのみなさまに飽きられないページ作りに頑張って行きたいと思います。

このブログにも、そろそろ現場スタッフに登場していただこうかと思います。お楽しみに^^。

(T村)

今日、昼食後に玄関ロビーで新聞を読んでいるとスタッフに車椅子を押してもらって特養のSさん(女性)がやって来られました。久しぶりにお会いしましたがお元気そうで色々とお話しを伺うことができました。

最近はなかなか他の入所者と話しをする機会が無くて寂しいとのことで、さっそく「なんぶふれあいステーション」(ご利用者向けパソコンコーナー)にお連れしました。そこで「なつかしの法勝寺電車」スクリーンセーバーを見たり、インターネットでふるさとの地図を見たりとパソコンに親しんでいただきました。そして「60歳以上のボイスチャット部屋」で広島の71歳の女性とお話しをしていただきました。はじめはとても緊張しておられましたが、次第に笑顔がこぼれ、その相手の方が通所サービスを利用しながら、自宅にいるときは「認知症予防」でチャットをされていることや兄弟が米子にいらっしゃることなど色々なお話をされました。そして、お別れのとき広島の女性が「ごきげんよう、またここでお会いしましょう」と言っていただいたのが嬉しかったです。その後、お部屋までお連れしましたが別れ際まで「ありがとうありがとう」と、本当に喜んでおられました。

ネットでのコミュニケーションは若い人だけのもの、影の部分があり好ましくないなど色々なことを言う方がいますが、今日のSさんを見ていると入所されても外部との関わりや新しい出会いなどを求める気持ちに年齢差はないと実感しました。また、インターネットを使って施設の外に目を向けていただく事や、それをサポートすることもご利用者サービスの一つだと実感しました。これからもこの「ふれあいステーション」を人と人のふれあいの架け橋としてもっと活用できたらいいですね。

(T村)

いよいよ本日10月1日、この山陰地方でもテレビの地上デジタル放送が開始されました。先の記事でも書きましたが、しばらくは今のままで構いませんが、完全移行までの猶予期間ということでいよいよアナログテレビ放送の終焉に向けてのカウントダウンが始まってしまいました。このまま何もしなければ2011年7月25日には各施設やご家庭にあるテレビが一斉に見えなくなってしまいます。要するに今のテレビで受信できるアナログ電波の出力を停止するということです。これでは本当にただの箱になってしまいますね。

そこでこの猶予期間中にデジタルTVチューナーを取り付けるか地デジ対応のテレビに買い換えるかの対応を迫られますが、皆さんの所はいかがされてますか。すでに対応済みのご家庭も多いでしょうが、ほとんどのおうちでは「どうしましょう」という状態ではないでしょうか。

あわててテレビを買い換えて安心するのも手ですが、ここは冷静になってはいかがでしょうか。参考までに言いますと昨年(東京、大阪などの都市圏)の地デジ開始時には、地デジチューナーの最安値は4万8千円でした。現在では19800円です。

また地デジ対応テレビでは最安値32型で28万円だったのが今では8万9800円にまで落ちました。10年前、私が25万円も費やして買ったデジタルビデオカメラは今では更に高画質になって6万9800円です。そういや6年前に家庭内無線LANを構築するのに7万円もかけてたのに今では同じシステムが2万円で可能です。まさにトホホという感じです。( ´;T;ё;T;)☆.。.:*・゜☆.。.:* 

要するに過渡期には手を出さないほうがいいのかなということですね。地デジで得られるメリットは「画面がきれい」「いろんな情報が得られる」ですが、費用対効果で考えると、「ぼちぼち」考えたらいいのではないでしょうか。

それにしても地デジテレビに追い出されて用済みとなったブラウン管テレビはどんどん廃棄されていくようですね。世界に日本の「もったいない精神」が認められたのに、これから日本中でこのような「もったいない」現象が起こるのはなんとも皮肉なことです。

(T村)

昭和42年まで、なんぶ幸朋苑がある米子市石井の近くを電車が走っていました。名前は「日ノ丸自動車法勝寺電鉄線(通称・法勝寺電車)」で 米子駅~手間駅(旧会見町)~法勝寺駅(旧西伯町)間の12.4kmで運転されていました。地元の足として永年運転されてきましたが、モータリゼーションの到来でやむなく廃止となりました。現在は西伯小学校と米子元町サンロード商店街に一両ずつ保存されていますが、時代の流れに忘れ去られようとしています。

そこで、ご利用者に懐かしい雄姿を見ていただこうと、なんぶ幸朋苑ふれあいステーション(ご利用者に自由にお使いいただけるパソコンコーナー:インターネットやカラオケが楽しめます)のスクリーンセーバーを先日から「法勝寺電車写真集」にしました。次々に現れる懐かしい電車の写真に足を止めて見入る方、「こーわ(これは)懐かしいなあ!」と笑顔がこぼれる方と反応は上々で企画側としてはまずまずの感触です。

私はこの電車に乗った記憶はありませんが(赤ちゃんでしたので)、年配の方があまりに反応が良かったので、昨日、地元地区運動会の慰労会で「法勝寺電車の思い出ってありますか?」と聞いて見ました。すると、今まで静かだった方たちが「懐かしいなあ~~!色々思い出がありすぎるわあ」と話しはじめました。それにつられ大勢の方があんなんだったこんなんだったと話の輪が広がりました。よくよく聞いて見ると「宗像で正面衝突したなあ」「わしゃ衝突したときの運転手知っとおで」「積んどる米俵から米がパラパラ落ちーだけん(落ちるので)よう拾いに行きよった」「米子駅と線路がつながっちょって手間や大袋あたりから梨を運んだもんだわ」「いたずらで棒のパンタグラフをとめてあるひもをひっぱって架線から(パンタグラフを)離して電車を止めて車掌によお怒られたもんだ」「わしは線路で硬貨を轢かせて薄っぺらにしたで」「人がよおけ乗お(乗る)と走い(走る)のが遅くなあだけん自転車で追い越せたで」「遠くから走ってくる客でも待ってごした(くれた)なあ」など、思い出話がつきません。地域住民の集まりで共通の話題が少ない中、この話題を出してよかったと思いました。

それにしてものんびりとした電車の思い出話をされるお年寄りは皆さんいい顔されていました。施設でも日々のかかわりの中でこのような話のきっかけを提供することも大事だと実感したのでした^^。

(T村)

先日、NHKニュースで31年ぶりとなる「つま恋」ライブを報道していました。衛星放送での放送予定もあるとのことですがNHKが芸能ネタをするのはとても異例なことでつい見入ってしまいました。内容は「吉田拓郎(60)とかぐや姫の3人が23日、静岡県掛川市のリゾート施設「つま恋」で31年ぶりに野外コンサートを行った。75年に12時間に及ぶオールナイトライブで伝説をつくった4人の平均年齢は27歳から58歳になったが、彼らの歌とともに生きてきた団塊の世代中心の3万5000人が駆けつけ、8時間にわたる再会の宴(うたげ)をともに楽しんだ。」というもの。

コンサートの参加者の平均年齢は49歳で団塊の世代の方はもちろん、若い人やご老人まで幅広く楽しまれたようです。中には涙ぐむ人も多くいて、インタビューで「この歌をよく聞いた31年前の様々な光景が目の前に甦った。明日からまた頑張れそうな気がします。」とのことで、まさに音楽療法そのものです。

その音楽療法にも様々な考え方があり、静かなクラシックを聞いて精神的にリラックスして自然治癒力を高めるなどの効果を期待するものもあるそうですが、以前、日野原重明先生から聞いたお話では「単にクラシックを聞けばいいというわけではなく、その人が生きてきた時代背景を考えて、一番輝いていた時に一番よく聞いていた曲が脳に刺激を与え、付随する記憶が甦って精神的に活性化する。」とのことでした。古きよき時代を回顧する懐メロが恒常的に好まれるのはこのためなんですね。

老人施設ではお年寄りの好きな曲ということで、年代に関係なく戦前・戦中の曲を聴いていただくことが多いようですが、高齢化が進み親子以上に年が違う幅広い年代のお年寄りが一緒に入所する現在では、皆さんが懐かしく聞いていただける「懐メロ」も多種多様になってきているのでしょう。「つま恋」世代のみなさんに戦前・戦中の曲を聞いてもらっても、その人たちにとっては「懐かしいメロディ」ではなく「懐かしくないメロディ」なので心を癒す音楽療法にはなりません。

なんぶ幸朋苑ではお一人お一人の状態に合わせたチームケアを行っていますので、ご利用者が懐かしいと感じていただける曲は何かをご本人ご家族と話し合った上で居室でおかけするような環境作りに期待したいものです。

私が施設入所するころには居室で「松田聖子」や「ヘビメタ」を聞くおじいさんになるのでしょうか・・・。

(T村)

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